東京高等裁判所 平成4年(行ケ)124号 判決 1995年3月08日
ドイツ連邦共和国 エシユボルン メルゲンターラーアレー 55-75
原告
ライノタイプーヘル アクチエンゲゼルシヤフト
代表者
ハンス ギュンター ロイフアー
訴訟代理人弁護士
牧野良三
同弁理士
矢野敏雄
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官 高島章
指定代理人
大日方和幸
同
山口隆生
同
今野朗
同
土屋良弘
主文
特許庁が、平成2年審判第11084号事件について、平成4年1月30日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯等
(1) ドクトルーインジエニエール ルードルフ ヘル ゲゼルシヤフト ミツト ベシユレンクテル ハフツングは、1980年9月10日、ドイツ連邦共和国において、名称を「カラー画像複製の際の構造部の部分補正方法および回路装置」とする発明につき、我が国を指定国の一つとする国際特許出願をし、同日が国際出願日と認められ、同出願は、我が国において、その国際出願日にされた特許出願とみなされた(昭和55年特許願第502110号、以下、上記発明を「本願発明」という。)が、平成2年4月11日に拒絶査定を受けたので、同年7月9日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を同年審判第11084号事件として審理したうえ、平成4年1月30日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年3月2日、原告に送達された。
(2) 原告は、1991年1月2日、上記出願人を吸収合併したうえ、同年5月15日、その商号をライノタイプーヘル アクチエンゲゼルシヤフトに変更し、平成4年5月12日、その旨を被告に届け出た。
2 審決の理由
審決は、本願明細書の記載事項を下記のとおりに挙げ、これについて以下のとおり判示し、本願は、明細書及び図面の記載が不備のため、特許法36条3項及び4項(昭和60年法律第41号による改正前のもの)に規定している要件を満たしていないから、特許を受けることができないとした。
(本願明細書の記載事項)
「補正された明細書には、『構造情報を一層良好に含んでいる1つの別の色分解版』に関して、顔の肌色を例に挙げて、次のような記載がある。
『修整場所の動作を明らかにするために、画像構造部の部分的かつ徐々の改良、即ち色分解版における一層微細な階調値段付けの手入れ修整について典型的な例に基づいて説明したい。主調となる色彩は、例えば顔のはだ色は実質的に、色分解版“マゼンタ”および“黄色”によって決められ、これに対して画像構造部は色分解版“シアン”によって決められる。従って画像構造部を改良するために、次のようにして色分解版“シアン”が修整される。即ち、本発明により既に最良の画像構造部を有するその色分解版または複数の色分解版の選択可能な色増分が色分解版“シアン”に部分的(例えば顔の領域において)、位置正しくかつ所望の効果に相応して連続的に(グラデーションを以て)混入される。色分解版“マゼンタ”が最良の画像構造部を有するものとすれば、この色分解版が色増分を供給する。』
また、請求の範囲には、『修整すべき色分解版(例えば“シアン”)の修正のために、画像構造情報 を一層良好に含んでいる少なくとも1つの別の色分解版(例えば“マゼンタ”)を選択し、かつレタッチ修整すべき画点に位置対応している補正値(例えばCR)を、前記別の色分解版の色増分(例えばΔM)と前記発生されたレタッチ修整係数(r)と乗算によって形成し』という記載がある。
そして、色値の成分からの色増分の導出について、明細書第12頁第24行~第13頁第3行に
『色増分ΔFは、次の式、即ち
ΔF(x、y)=F(x、y)・aF(3)に従って、位置および成分に応じて、少なくとも1つの修整すべきでない色分解版の色値Fに依存し、その際“aF”は、自由に選択可能な成分係数である。』と記載されている。」
(審決の判断)
「本願明細書には、例えば“シアン”の修整のために別の色分解版(例えば“マゼンタ”)を選択することは記載されているが、その条件としては『“マゼンタ”が最良の画像構造部を有するものとすれば』という記載があるのみで、『最良の画像構造部を有する』とはいかなる意味なのか、更には、『画像構造部』とは何を意味しているのかも不明である。このことは、『これに対して画像構造部は色分解版“シアン”によって決められる』という記載を考慮すると特に理解しがたい。
従って、『画像構造部』を決める色分解版を修整するために、どのように『最良の画像構造部を有する色分解版』あるいは、『画像構造情報を一層良好に含んでいる少なくとも1つの別の色分解版』(請求の範囲の記載)を選択するのかは、依然として不明である。更に、選択された色値に対して乗算すべき成分係数をどのように決めるのかについても技術の開示がされていない。
従って、本願は、『色増分』をどのように導出するかについて当業者が容易に実施できる程度に発明の目的、構成及び効果が記載されているものとすることができず、また、発明の必須の構成も不明瞭である。」
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決は、以下に述べるとおり、本願明細書及び図面並びに周知の技術から「最良の画像構造部」の意味及び「最良の画像構造部」を構成する色分解版の決め方が認定できるのに、これが不明であるとの誤った判断をしたものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 「最良の画像構造部」について
審決は、まず、「画像構造部」とは何を意味しているのかも不明であるとする。
しかし、画像構造と画像構造部とは実質的差異がないところ、「画像構造」あるいは「画像の構造」という用語は、本願発明の属する技術分野に関する各種文献(例えば、甲第15号証「画像計測入門」214頁、甲第16号証「印写工学Ⅰ 画像解析」24、245、246、249、262頁、甲第17号証「画像工学」31頁)において常用されている用語であって、それ自体として特別の技術的意味を有するものではなく、画像の組立てないし画像の構成(構成と構造は同意義である。)という程度の意味に解されており、このことは、当業者に周知の技術事項であるから、その定義を明細書に記載する必要はない。
これを、「カラーイラスト印刷技術」(甲第10号証)の写真(同号証28~29頁)に即して具体的にいえば、女性の肖像全体を画像というのに対し、画像構造部とは、その画像を構成する各部分、例えば顔の輪郭、髪の毛、眉、眼、鼻等をいうものである。そして、「画像構造部は色分解版“シアン”によって決められる」とは、「例えば顔のはだ色は実質的に、色分解版“マゼンタ”および“黄色”によって決められ」(甲第8号証手続補正書9頁9~11行)との記載や本願発明の目的等からみて、「顔の輪郭、髪の毛、眉、眼、鼻等の画像を構成する部分はシアンが主たる役目を果たす。」ということを意味するものである。
したがって、本願明細書にその定義ないし意味が記載されていないからといって、「画像構造部」とは何を意味しているのかも不明であるとはいえない。
次に、審決は、「最良」の画像構造部を有するとはいかなる意味か不明であるとする。
しかし、「印刷技術一般(改訂版)」(甲第11号証)には、原稿の「どの部分をどの程度、強調するかあるいは犠牲にするかは原稿の種類や印刷物の使用目的によって異なり、また一つの原稿でも色によって異なるはずで、この判断は現段階では製版作業者が行なっている。」(同号証260頁2~9行)と記載され、また、「演習写真製版の基礎知識3 セパレーションワーク」(甲第12号証)には、修整のポイントとして、「修整の具体的な内容は、個々の原稿や顧客の要望により異なるし、またその実施についてはレタッチ担当者の美的センスや技能に負うところが大きい。」(同号証178頁8~11行)と記載されていることから明らかなとおり、「最良」の画像構造部を得るために、画像構成部分のどの部分をどの程度強調しあるいは犠牲にするかなどの修整の具体的な内容は、第1に顧客の要望により、第2に製版作業者ないしはレタッチ担当者の美的センスや技能により定まるものである。
この修整を行うについては、上記「セパレーションワーク」にも記載されている(同号証178頁11行~179頁14行)ように、例えば、風景ものでは、遠近感や立体感を出すために明度比や彩度比を誇張するとか、人物肌ものでは、階調に段差が有りすぎるときに階調修整を行うとか、「最良の画像構造部」を実現するための定石ともいうべき修整ポイントがあり、このことは、本願出願当時、当業者には周知の事項であった。
したがって、最良の画像構造部を有する色分解版、あるいは、本願発明の特許請求の範囲第1項(c)中の「画像構造情報を一層良好に含んでいる少なくとも1つの別の色分解版」を選択することは、当業者にとって何ら問題はなく、これらを本願明細書に特定して記載しなかったからといって、「最良の画像構造部を有する」とはいかなる意味なのか不明であることにはならない。
2 「選択された色値に対して乗算すべき成分係数」について
「自由な選択可能な成分係数」は「最良の画像構造部を有する色分解版」を得るため、更には最良の画像構造部を有する色分解版の色値(C’)を得るために自由に選択されるものである。そして、この場合、自由な選択の基準となるものは、顧客の要望及び製版作業者ないしレタッチ担当者の美的センスや技能である。すなわち、原稿の種類や印刷物の使用目的あるいは顧客の要望にもっとも良く適合するものと製版作業者やレタッチ担当者が考える色分解版、例えばマゼンタの色増分を得るために、自由に選択される係数が成分係数なのである。
そして、成分係数がこのような基準で選択されるものである以上、「選択された色値に対して乗算すべき成分係数をどのように決めるか」を明細書に開示する必要はない。
したがって、本願は「色増分」をどのように導出するかについて当業者が容易に実施できる程度に発明の目的、構成及び効果が記載されていない、とした審決の判断は誤りである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 「最良の画像構造部」について
画像構造部の意味について、本願明細書中に特段の記載がなく、当業者が本願明細書の記載からその内容を理解することはできない。
また、本願の特許請求の範囲第1項(c)には、「修整すべき色分解版(例えば“シアン”)の修正のために、画像構造情報を一層良好に含んでいる少なくとも1つの別の色分解版(例えば“マゼンタ”)・・・」とあるから、「最良の画像構造部」が当然に「画像構造情報を一層良好に含んでいる」ものであるとすると、画像構造部を決める色分解版“シアン”は“マゼンタ”の情報も一層良好に含んでいることになって、画像構造部の意味がますます理解しがたい。
また、本願明細書には、「最良の画像構造部を有する色分解版」とは、原告が主張するような原稿の種類や印刷物の使用目的あるいは顧客の要望等に最も良く適合するものと製版作業者やレタッチ担当者が考える色分解版をいう旨の記載はない。「最良の画像構造部を有する色分解版」という記載からは、普通には、単に汚れや傷の少ない、きれいな画像のすべての色分解版“黄”(Y)、“マゼンタ”(M)、“シアン”(C)、“黒”(K)を意味すると解釈されるのが常識的である。
したがって、本願明細書の記載からは、「最良の画像構造部を有する色分解版」を、原告の主張するような特定の意味に直ちに一義的に解釈することはできないから、審決が述べるように、どのように「最良の画像構造部を有する色分解版」あるいは「画像構造情報を一層良好に含んでいる少なくとも1つの別の色分解版」を選択するのかは不明であるというのほかはない。
2 「選択された色値に対して乗算すべき成分係数」について
原告は、「選択された色値に対して乗算すべき成分係数をどう決めるか」を明細書に記載する必要はないと主張する。
しかし、「最良の画像構造部を有する色分解版の色増分」を得るため、さらには、最良の画像構造部を有する色分解版の色値を得るため、成分係数を選択する前に、「最良の画像構造部を有する色分解版」を特定する必要があるところ、上述したように、本願明細書においては、「最良の画像構造部を有する」との意味が不明なのであるから、当業者は、本願明細書の記載に基づいて、「最良の画像構造部を有する色分解版」を特定することができず、したがってまた、「最良の画像構造部を有する色分解版の色値を得るため選択される成分係数」も決めることができない。
すなわち、「最良の画像構造部」の意味が明らかにならない限り、選択された色値に対して乗算すべき成分係数をどのように決めるかも不明であるから、原告の主張は失当である。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 「最良の画像構造部」について
昭和54年5月15日発行「画像計測入門」(甲第15号証)の「不鮮明な写真画像の鮮明化」の項(同号証214頁)の記載、昭和45年4月5日発行「印写工学Ⅰ 画像解析」(甲第16号証)の「光学変換」の項(同号証24頁)、「信号変換」の項(同245~246頁)、「感度と雑音」の項(同249頁)、「雑音の軽減」の項(同261~262頁)の各記載によれば、「画像の構造」あるいは「像の構造」という語句が、その定義を特段に明確にすることなく普通に用いられていることが認められ、その「構造」という語は、一般的に用いられている「構造」と同じに、組み立て、あるいは構成という意味に理解して、十分に、その意を解することができる。
このことからして、本願明細書における「画像構造部」とは、その通常の意味に従って、画像を構成している各部分、あるいは、画像が構成されている部分、すなわち、画像全体を意味するものと認められ、本願明細書(甲第3、第5、第7、第8号証)全体の記載を検討しても、このように理解して不都合な点は見当たらない。
そして、昭和44年2月15日発行「印刷技術一般(改訂版)第10刷」(甲第11号証)の「階調特性の調整」の項には、「原稿の階調特性をそのまま版にしては美しい印刷は得られず、また原稿によっては明部(high light)でつまったもの、暗部(shaddow)のつまったものなどいろいろあるので、その修正を行なう必要がある。」(同号証259頁28~30行)、「どの部分をどの程度、強調するかあるいは犠牲にするかは原稿の種類や印刷物の使用目的によって異なり、また一つの原稿でも色によって異なるはずで、この判断は現段階では製版作業者が行なっている。」(同260頁2~9行)と記載され、また、昭和56年7月20日発行「演習写真製版の基礎知識3 セパレーションワーク」(甲第12号証)の「修整法の概要」の項には、修整のポイントとして、上記と同旨の、「修整の具体的な内容は、個々の原稿や顧客の要望により異なるし、またその実施についてはレタッチ担当者の美的センスや技能に負うところが大きい。」(178頁8~11行)との記載があり、同書はその発行年月日が本願出願後のものであるが、その表紙カバー(甲第18号証)によれば、「写真製版での基礎的知識」を体系的に配列したものであるから、前掲記載と合わせ考えれば、本願出願前当業者に周知の事項を述べているものと認められる。
このことを前提に、本願明細書をみれば、その「基礎となる公知技術」の項の「複製過程において、色補正コンピュータにおいて行なわれた補正を最適化するまたは編集上の変更および顧客の希望を考慮するために、時として後からの部分的修整(色および/または階調値補正)が必要になる。」(甲第3号証2頁7~10行)との記載、「本発明の実施例の最適手段」の項の「カラースキヤナを用いてフイルムに色分解版を記録する前に(オフセツト印刷)または彫刻機を用いて製版する前に(凹版印刷)、複製すべき画像乃至色値は、普通に図画を改良しおよび/または依頼者の後からの変更希望を考慮するために、可視的チエツクに基づいて電子的部分修整が行なわれるべきである。」(同9頁8~13行)との記載、請求の範囲5項の「可視的チエツク」(甲第8号証別紙4頁4行)の記載が、上記周知事項を踏まえた記載であることが、明らかである。
これらの記載によれば、上記修整すべき「部分」及び「修整の具体的な内容」の対象は、画像の構造部に関するものであり、美しい印刷を得るための修整が最良のものを得ることを目的としてなされることは明らかであるから、上記修整は、最良の画像構造部を得ることを目的としてなされているものと解することができる。
そして、最良の画像構造部を得ることを目的としてなされる上記修整は、カラー画像の修整についていえば、カラー画像を構成する各色分解版についてなされるものであることは当然であるから、色分解版が最良の画像構造部を有するか否かについても、前記のとおりの原稿の種類や印刷物の使用目的あるいは顧客の要望に応じて製版作業者やレタッチ担当者が判断すべき事項であり、換言すれば、「最良の画像構造部を有する色分解版」とは原稿の種類や印刷物の使用目的あるいは顧客の要望に最もよく適合するものと製版作業者やレタッチ担当者が考える画像構造部を構成している色分解版であると解することができる。
このように、上記周知の技術を前提に本願明細書の記載をみると、「最良の画像構造部を有する」の意味は明らかというべきであり、これを、審決が述べるように、「最良の画像構造部を有する」とはいかなる意味なのか、さらには「画像構造部」とは何を意味しているのかも不明である、ということはできない。
また、審決は、「“マゼンタ”が最良の画像構造部を有するものとすれば」という記載と、「これに対して画像構造部は色分解版“シアン”によって決められる」という記載の関係が特に理解しがたいとするが、本願明細書においては、「主調となる色彩は、例えば顔のはだ色は実質的に、色分解版“マゼンタ”および“黄色”によって決められ、これに対して画像構造部は色分解版“シアン”によって決められる。」(甲第8号証9頁9~13行)として、主調となる色彩についての記載がされ、これに続けて、画像構造部を改良するために右色分解版“シアン”を修整する方法として、「色分解版“マゼンタ”が最良の画像構造部を有するものとすれば、この色分解版が色増分を供給する。」(同9頁20行~10頁3行)と記載されているのであるから、両者の関係が理解しがたいものということはできない。
被告は、本願明細書には、「最良の画像構造部を有する色分解版」とは、原稿の種類や印刷物の使用目的あるいは顧客の要望等に最も良く適合するものと製版作業者やレタッチ担当者が考える色分解版をいうとの記載はなく、「最良の画像構造部を有する色分解版」は、単に汚れや傷の少ないきれいな画像のすべての色分解版“黄”(Y)、“マゼンタ”(M)、“シアン”(C)、“黒”(K)という解釈が常識的なものであるから、本願明細書の記載からは「最良の画像構造部を有する色分解版」を原告主張のように特定の意味に直ちに一義的に解釈することはできない旨主張する。
しかし、「最良の画像構造部を有する色分解版」が被告の主張する「単に汚れや傷の少ないきれいな画像のすべての色分解版」を含むにしても、本願明細書で用いられている意味は、上記の周知事項を参酌すれば、原告主張の意味に十分理解が可能であって、明細書中にこれを特定する記載がなくとも、意味内容が不明であるということはできないから、被告の主張は採用できない。
したがって、本願明細書において、この点についての記載が不備であるということはできない。
2 「選択された色値に対して乗算すべき成分係数」について
被告は、「最良の画像構造部」の意味が明らかにならない限り、選択された色値に対して乗算すべき成分係数をどのように決めるかが不明であると主張するが、「最良の画像構造部」の意味自体については上記のとおり明らかである。
これを前提にして本願明細書をみると、その請求の範囲第1項(甲第8号証「請求の範囲」)の
「a)画点に依存する色増分(ΔY、ΔM、ΔC、ΔK)を、任意に選択可能な成分係数(aY、aM、aC、aK)と画点に対応する色値(Y、M、C、K)との乗算によって形成し(ΔF(x、y)=F(x、y)・(aF)…)、該色増分(ΔY、ΔM、ΔC、ΔK)はそれぞれ、レタッチ修整すべき色分解版の色値(YないしM、C、K)に対する補正ステップ当たりの最小変化値を示しており、
b)座標検出により検出されたそれぞれの位置座標(x、y)に対するレタッチ修整係数(r)を、前記マーキング装置(51)の接触状態に依存して発生し、該レタッチ修整係数(r)はその都度、加算すべき色増分(ΔYないしΔM、ΔC、ΔK)の数を示しており、
c)修整すべき色分解版(例えば“シアン”)の修正のために、画像構造情報を一層良好に含んでいる少なくとも1つの別の色分解版(例えば“マゼンタ”)を選択し、かつレタッチ修整すべき画点に位置対応している補正値(例えばCR)を、前記別の色分解版の色増分(例えばΔM)と前記発生されたレタッチ修整係数(r)との乗算によって形成し(例えば、(CR(x、y)=M(x、y)・r(x、y))、かつ
d)レタッチ修整された色値(例えばC’)を前記色値(例えばC)と位置対応する補正値(例えばCR)との画点毎の加算によって発生する(例えばC’=C+CR)」
との記載の意味は、次のように解することができる。
色増分(ΔY、ΔM、ΔC、ΔK)は、色値(Y、M、C、K)に対する修整の都度の最小変化値を示すところの画点に依存する色増分である。
色分解版M(マゼンダ)が最良の画像構造部を有するとし、これにより、色分解版C(シアン)を修整する場合を例にとると、色増分(ΔM)は、画点の対応する色値Mと成分係数aMの積で表される(ΔM=M・aM)。この成分係数aMは、本願明細書に記載されているとおり、「自由に選択可能な成分係数である」(甲第3号証明細書13頁3行)。この乗算で得られた色増分ΔMが最良の画像構造部を有する色分解版Mの色増分として、色分解版Cに部分的に混入される(甲第8号証9頁13~20行)。
色増分ΔM色は、分解版Cに部分的に混入される際に、「座標検出により検出されたそれぞれの位置座標(x、y)に対するレタッチ修整係数(r)」、すなわち、「マーキングされた画点の色値に対する補正強度の尺度としてのレタッチ修整係数」(同7頁17~18行)を乗算されて、レタッチ修整される。この修整の結果、補正値CRが得られる。補正値CRは、修整されるべき色値Cと加算されてC’となり(C+CR=C’)、最終的に、色分解版C(シァン)の色値を補正する。この最終的に補正されたC’が、色分解版C(シァン)の色値となる(同3頁9行~4頁4行)。
このように成分係数(aM)が修整すべき色分解版(C)の補正値(CR)に及ぼす影響は明らかであり、成分係数の自由な選択の基準となるものが、最良の画像構造部を選択する場合と同じく、顧客の要望及び製版作業者あるいはレタッチ担当者の美的センスや技能であることも、前示事実から容易に理解されるから、成分係数は、最良の画像構造部を有する色分解版の色増分を得るために当業者において自由に選択されうるものであるということができる。
したがって、成分係数をどのように決めるかを明細書に開示しなかった点をもって記載不備とすることはできない。
3 以上のとおり、審決の指摘した点をもってしては、本願明細書及び図面の記載に不備があるとすることはできないから、特許法36条3項及び4項に規定する要件を満たしていないと判断した審決は、違法として取消しを免れない。
よって、原告の請求は理由があるから、これを認容し、